フランス・ブルボン朝時代は絶対王政が確立し、階層秩序を強化するための儀式や儀礼が重んじられ、礼儀・作法によって国王を頂点とする社会制度や身分意識を植え付ける仕掛けが作られました。
その儀式や儀礼の一環として利用されたのが「宮廷バレエ」だよ。
17世紀前半は「宮廷バレエ」の時代
宮廷バレエの構成は大きく、いくつもの場面(アントレ)で構成される物語パートと、最後の「グラン・バレエ」に分かれていて、それまでの物語パートと関係なく舞台に幾何学図形を描いて終わる、という展開でした。
台本はギリシャやローマの神話を題材に詩人や戯曲作家が作っていて、出演者が詩を朗読したり、セリフを話すこともあったようです。
演出・振付を行うのはバレエ教師の役目で当初は作曲も担当していたが、次第に作曲家が分業するようになりました。演じるのは国王を含めた貴族たちが中心でしたが、テクニックのあるバレエ教師や道化も参加していました。
この段階ではまだ専用の劇場がなくて、宮廷の大広間や庭園を舞台にして
数千人の観客が舞台を取り囲んで鑑賞していたよ。
マリー・ド・メディシスとルイ13世
ブルボン朝初代国王アンリ4世とマルグリット・ド・ヴァロワの間には子供が生まれず、1599年に離婚し、再婚したマリー・ド・メディシスとの間にルイ13世は生まれました。イタリアのメディチ家から来たマリーは大のバレエ好きで、息子に幼少期からバレエを習わせ、8歳の時には「ヴァンドーム公のバレエ」でステージデビューを果たします。
ところがステージデビューのわずか4ヶ月後、アンリ4世が暗殺され、彼は8歳にして国王になり、母后マリーが摂政を務めます。
あれ、ヴァロワ朝のカトリーヌ・ド・メディシスと似たような展開。
マリーは政治の実権を握り、長年のライバルだったスペイン・ハプスブルク朝からアンヌ・ドートッシュをルイ13世の結婚相手に選び、長女のエリザベートをスペイン国王フェリペ3世の王子(のちのフェリペ4世)に嫁がせます。
「マダムのバレエ」と「ルノー救出のバレエ」
この二つの婚儀を祝って上演されたのが「マダムのバレエ」です。「マダム」とは長女エリザベートのことを指し、エリザベート王女みずから主役の女神ミネルヴァを演じました。全7部構成でフィナーレのグラン・バレエはミネルヴァが豪華な山車に乗って登場する豪華なアトラクションになっていました。
ミネルヴァは知恵と戦争の女神。娘のエリザベートが主役を演じることで、同時に主催者である
母后マリーの権威をアピールするねらいがあったんじゃないかな。
ところが、このハプスブルク家との婚儀は前国王アンリ4世の外交方針に反するもので、多くの貴族たちは不満を募らせてしまいました。
なんかこの展開もカトリーヌの時と似てない?
1617年に上演された「ルノー救出のバレエ」はルイ13世が自ら制作を手掛けた作品です。
内容は十字軍を舞台とした異教徒とのバトルアクションです。魔女アルミーダは十字軍最強の騎士ルノーを愛してしまい、魔法をかけて幽閉します。ルノーを救出すべく、仲間の騎士たちが力を合わせてアルミーダが放った巨大生物と戦い、最後ルノーはアルミーダの魔法から解放されて十字軍に復帰するという流れ。
海野敏さんの著書によれば、これは母后マリーを魔女アルミーダに見立て、その支配から逃れて自らが政治の実験を握ることを象徴しているとありますが、この当時マリーは侍女のレオノーラ・ガリガイとその夫コンチーノ・コンチーニを寵臣として重用しており、自分の意見よりもこの二人を重用する母へのあてつけともとれます。
この時、ルイ13世はまだ15歳。彼の耳元でよからぬ噂を吹聴する大人たちがいそうだね。
このバレエから3カ月後、ルイ13世は腹心らと共謀してクーデターを起こし、母后マリーは幽閉され、侍女レオノーラは魔女として処刑、コンチーノは暗殺されます。実験を握ったルイ13世はその後、リシュリューを宰相*にして三十年戦争への参戦と海外進出で王権を強化しました。
*宰相とは、国王の右腕として代わりに政治を行う人のこと
アレクサンドル・デュマの「三銃士」で主人公ダルタニアンが仕える王様がルイ13世だよ。
まとめ
母后マリーとルイ13世の治世で行われた宮廷バレエ。「美の調和」を目指した前世代のバレエと比べて様式や振る舞いが重視され、ストーリーもドラマチックになって為政者の政治的メッセージを伝えるプロパガンダ*の側面が強くなりました。
*特定の思想・世論・意識・行動へ誘導する意図を持った行為のこと
ルイ13世は35歳まで宮廷バレエに出演し続けます。王権の威光を示す太陽の役、滑稽な役、時には女性の役も演じており、彼のバレエ好きは息子のルイ14世にもしっかり受け継がれます。
さて、次回はフランス絶対王政の最盛期、太陽王と呼ばれたルイ14世が登場します。
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