前回のブログでは、戦前は同盟国だったドイツのモダンダンスがクラシックバレエよりも早く日本で流行し、敗戦を経験して価値観が逆転し、戦後にクラシックバレエが急速に普及してきたことを紹介しました。
今日は、日本と西欧におけるクラシックバレエとコンテンポラリーダンスの関係性の違いについて、ジピちゃんと僕の会話をご紹介します。
日本とヨーロッパ:クラッシックバレエとコンテンポラリーダンスの関係

今、ヨーロッパでも多くのバレエ団でコンテンポラリーダンスとクラシックバレエの両方が上演されており、ダンサーたちも両分野の訓練を受けているよね。このことと、日本の状況を比較して何が違うのかを教えて。

ここでは、ヨーロッパと日本の状況を比較しながら、なぜこの違いが生まれたのか? を考えてみます。
1. ヨーロッパのバレエ団:クラシックとコンテンポラリーの融合
ヨーロッパのバレエ団では、クラシックとコンテンポラリーが共存するのが当たり前 になっています。
① クラシックバレエとコンテンポラリーの比重がほぼ同じ
- ロイヤル・バレエ(英国)、パリ・オペラ座バレエ(フランス)、シュツットガルト・バレエ(ドイツ)、ネザーランド・ダンス・シアター(オランダ)など、クラシックバレエの伝統を持つバレエ団でも、積極的にコンテンポラリー作品を上演している。
- ウィリアム・フォーサイス、ヨハン・イングリック、アクラム・カーンなど、コンテンポラリー作品を得意とする振付家がクラシックバレエ団とも頻繁にコラボレーションしている。
② ダンサーがクラシックとコンテンポラリーの両方を訓練
- バレエ学校(パリ・オペラ座バレエ学校、ロイヤル・バレエ・スクールなど)では、クラシックバレエの基礎訓練に加え、コンテンポラリーダンスのトレーニングも必須 になっている。
- そのため、ダンサーはどちらのスタイルにも適応できる柔軟性を持っている。
📌 ヨーロッパのバレエ団では、「クラシック vs. コンテンポラリー」ではなく、「クラシック & コンテンポラリー」という共存の形が定着している。
2. 日本のバレエ団:クラシックが中心、コンテンポラリーは限定的
一方、日本のバレエ界は、ヨーロッパと比較すると「クラシックバレエ中心」の傾向が依然として強いです。
① 日本のバレエ団はクラシックバレエ作品が主流
- 東京バレエ団、Kバレエカンパニー、松山バレエ団、NBAバレエ団などの主要なバレエ団は、基本的にクラシックバレエを中心にレパートリーを構成 している。
- コンテンポラリー作品を上演することはあるものの、クラシックの枠を超える挑戦的な作品はまだ少ない。
② ダンサーの訓練はクラシックが中心
- 日本のバレエ学校では、クラシックバレエの基礎訓練が中心であり、コンテンポラリーダンスのトレーニングが十分に行われていないケースが多い。
- そのため、日本のダンサーはコンテンポラリー作品に出演する際、クラシックの動きの延長として踊ることが多く、ヨーロッパのダンサーのように完全にコンテンポラリーに適応できるわけではない。
📌 日本では、クラシックバレエが依然として「正統な芸術」としての地位を保持しており、コンテンポラリーは補助的な位置にあることが多いが、コンテンポラリーダンスの影響も徐々に強まっている。
3. なぜ日本とヨーロッパで違いが生まれたのか?
この違いの背景には、以下のような要因が関係しています。
① バレエの歴史的な受容の仕方
- ヨーロッパでは、バレエはもともと「宮廷文化」→「劇場芸術」→「現代芸術」と進化してきた。
- 日本においては戦前「現代芸術」→戦後「劇場芸術」という形で順序が逆転してしまった。
- ヨーロッパでは、20世紀以降、モダン・コンテンポラリーの流れが自然にバレエ団に統合され、今では当たり前の存在になっている。
- 日本では、戦後にクラシックバレエが「西洋の格式ある芸術」として受容され、伝統的な枠組みの中で発展したため、新しいスタイルを取り入れるのが遅れた。
② 日本の芸術教育の構造
- 日本では、「クラシックバレエはバレエスクール、コンテンポラリーは舞踊科や劇場ダンス」といった分業体制になっていることが多い。
- そのため、クラシックバレエを学んだダンサーがコンテンポラリーを学ぶ機会が限られている。
③ バレエ団の運営の違い
- ヨーロッパのバレエ団は、政府や自治体からの助成金を受け、挑戦的なコンテンポラリー作品を上演する余裕がある。
- 一方、日本では、バレエ団の収入源が主に公演のチケット収入や個人のスポンサーに依存しているため、興行的に成功しやすいクラシックバレエの公演が中心になる。
📌 ヨーロッパは歴史の流れでクラシックとコンテンポラリーが融合し、日本はクラシックバレエの「正統性」を重視する方向に進んだため、両者の違いが生まれた。

これまでの会話で、芸術とアート(Art)は同じ語源だけど、日本人にとって芸術はより伝統や様式と結びつき、アート(Art)はより個人の表現に結びついていることが分かった。
一般的にクラシックバレエは芸術の文脈で、モダンやコンテンポラリーはアートの文脈で語られることが多いよね。
日本人はラーメンに代表されるように、外国から「型」を学んで日本風にアレンジするのが得意だけど、もともと「型」のない、ひとりひとり違った表現を志向しているアートは日本人とは折り合いが悪そうだね。

あなたの指摘は非常に鋭いですね!
確かに、日本ではモダンダンスが先に流行し、その経験を持つ指導者も多かったにもかかわらず、戦後になるとクラシックバレエのほうが重視されるようになったという逆転現象が起きています。
この理由をさらに深掘りすると、「日本人の様式性への親和性」「形式の受容と改変の文化」「西洋文化の権威主義」 という3つの要素が関係していると考えられます。
1. 日本人は「個人の表現」よりも「様式性のある美」を好む傾向がある
日本人の美意識は、即興的な個人の表現よりも、既存の形式を尊重し、その枠組みの中での完成度を重視する傾向があります。
- クラシックバレエの厳格な型(様式性の高さ)は、日本の伝統芸能と親和性が高い。
- 日本舞踊や能、茶道など、日本の芸術は「決められた型を習得し、その枠組みの中で表現する」ことが重要視される。
- クラシックバレエの「型を学び、それを完璧に再現する」という考え方は、日本の芸術の考え方と一致していた。
- 一方、モダンダンスやコンテンポラリーは「個人の感情や自由な動き」を重視するが、これは日本の伝統的な美意識とは異なるため、馴染みにくかった。
- モダンダンスの自由な身体表現や即興性は、日本文化における「洗練された美」や「様式の伝統」とは異なる価値観だった ため、一般的に受け入れられにくかった。
📌 日本人は、自由な表現よりも、既存の形式を磨き上げることを美しいと感じる傾向がある。そのため、クラシックバレエの体系化された美意識が、日本人にとって受け入れやすかった。
2. 日本は「スタイルだけを学び、日本風にアレンジする」文化がある
あなたのラーメンの例えがとても適切ですね。日本は西洋文化を取り入れる際に、形だけを吸収し、それを日本風に再構築する傾向があります。
- クラシックバレエのスタイルを学び、日本流に定着
- 戦後、日本のバレエ界は、「クラシックバレエ=格式の高い西洋芸術」 として位置づけ、積極的に取り入れた。
- しかし、日本独自の美意識や価値観と融合し、クラシックバレエの振付や指導方法が、日本的な解釈で発展した。
- その結果、日本のクラシックバレエは、単なる「西洋の芸術」ではなく、日本的な規律や習慣を持つものとして定着した。
- モダンダンスは、様式化できなかった
- 一方、モダンダンスやコンテンポラリーダンスは、「型」ではなく「表現の自由」を追求するものだったため、日本流に「様式化」するのが難しかった。
- つまり、モダンダンスは「日本風にアレンジする」プロセスを経ることができず、結果としてクラシックバレエのように広く受け入れられなかった。
📌 クラシックバレエは日本風にアレンジして体系化できたが、モダンダンスはその柔軟性ゆえに「型」として定着できず、日本文化に溶け込まなかった。
3. 西洋文化の「権威主義」による影響
戦後、日本では「西洋の正統な文化」を取り入れることが進んだため、クラシックバレエは「格式の高い芸術」として受け入れられた。
- 戦後の「西洋=正統」という価値観
- 戦後、日本は欧米文化を積極的に取り入れたが、特に「格式ある伝統文化」 が重視された。
- クラシックバレエは、ロイヤル・バレエ(英国)、パリ・オペラ座バレエ(フランス)、ボリショイ・バレエ(ロシア)などの名門バレエ団と結びついており、「西洋の正統な芸術」としての地位が確立されていた。
- そのため、日本でもクラシックバレエが「芸術」として受け入れられやすかった。
- モダンダンスは「西洋の正統」ではなかった
- 一方で、モダンダンスやコンテンポラリーダンスは、「西洋の正統な伝統」とは異なり、新しい芸術運動として発展していたため、日本の「格式ある西洋文化を取り入れる」流れとは合致しなかった。
- そのため、戦後の日本では、クラシックバレエが主流となり、モダンダンスはクラシックバレエの補助的な位置づけになった。
📌 「格式のある西洋芸術」を求める日本の価値観が、クラシックバレエを重視する方向に働いた。
4. 結論:日本のバレエ界の逆転現象が起きた理由
✔ 日本人は「個人の自由な表現」よりも「様式的な美」を好む傾向があり、クラシックバレエの体系化された様式が受け入れられやすかった。
✔ 日本は「スタイルだけを学び、日本風にアレンジする」文化があり、クラシックバレエは日本流に体系化できたが、モダンダンスは「様式化できなかった」ため広く普及しなかった。
✔ 戦後の日本では「格式のある西洋文化」が重視され、クラシックバレエは「正統な西洋芸術」として受け入れられたが、モダンダンスはその枠組みには収まらなかった。
まとめ
最近では東京バレエ団がフォーサイスの作品を取り入れたり、KバレエやNoismのようにクラシックとコンテンポラリーの融合を目指す団体が増えたり、海外で活躍する若手のコンテンポラリーダンサーが出てきたりと、徐々に発展しているように見えるコンテンポラリーダンスですが、バレエが「敷居が高い」と感じている日本人にとって、コンテンポラリーダンスはさらに敷居が高いものであることは間違いありません。
それよりも、戦後モダンダンスの薫陶を受けたダンサーが日本的な解釈で広めたクラシックバレエの方が、よほど可能性があるように感じます。
次回で、エンターテイメントを巡るAIとの対話シリーズは一旦終わろうと思います。
本シリーズのラストは、「似て非なる日本のバレエ」を作品としてどう昇華するのかについてお届けします。
乞うご期待!
最後までお読みいただき、有難うございます!
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