前回ご紹介したプティパの業績として、音楽家のチャイコフスキーとの協働は有名です。
チャイコフスキーはそれまで踊りの伴奏という位置付けだったバレエ音楽に甘美な旋律と美しい和声を与え、音楽のみで独立して鑑賞できる水準へ高めたバレエ音楽の改革者です。
今日はそんなチャイコフスキーの半生と、代表作《眠れる森の美女》《くるみ割り人形》《白鳥の湖》についてご紹介します。
バレエ音楽の改革者 ピョートル・チャイコフスキー
チャイコフスキーは非常に遅咲きの音楽家です。
1840年、彼は鉱山技師の次男として生まれました。音楽好きな両親でしたが、職業音楽家はおらず、法務省の役人として働きながらペテルブルク音楽院で音楽を学び、職を辞して音楽だけに専念するようになったのは23歳の時でした。
その後は音楽の教師としてモスクワ音楽院で12年間教鞭をふるいます。1866年に「交響曲第1番『冬の日の幻想』」で初めて作曲を行い、バレエ音楽《白鳥の湖》を発表したのは1877年、チャイコフスキーが37歳の時でした。
《眠れる森の美女》チャイコフスキーとプティパの金字塔
《眠れる森の美女》は、原作はシャルル・ペローの児童文学ですが、ペテルブルク帝室劇場支配人だったフセヴォロシスキーが革新的な音楽を使って豪華なバレエを作ろうとして、自らバレエ用に台本を書いたものです。
その過程で登場人物も魔女マレフィセントが妖精カラボスに、フィリップ王子はデジレ王子になるなど変更されています。
以下、あらすじを紹介します。
王女オーロラは、妖精カラボスによって糸つむぎの針を指に刺して死ぬという呪いをかけられる。善良な妖精リラはこの呪いを眠り続けるという魔法に変える。王女は16歳の誕生日に針を指に刺してしまい、王宮ともども長い眠りにつく。百年後の森で、リラの導きでデジレ王子が王女の存在を知り、王女の眠る王城でキスによって王女を目覚めさせる。王宮の人々も目が覚めて、二人の結婚祝賀会が繰り広げられる。
数あるプティパの全幕バレエの中でも際立って豪華なこの作品は、上演時間3時間超、初演時の出演者は約千人で、非常に祝祭感の強い作品でした。
この祝祭感、なんか既視感があると思ったら、それもそのはず、この物語はフランスのルイ14世による絶対王政期が舞台になっていて、劇場のスポンサーであるロシアの皇帝や皇族を喜ばすために、理想的な国王が美しい王女を授かり、百年を経て復興するという筋立てにしたんだ。
また《眠れる森の美女》の初演時はカラボスと青い鳥役をエンリコ・チェケッティが演じていることも特筆しておきます。エンリコ・チェケッティは「20世紀の最も偉大なバレエ教師」と言われて、次回ご紹介する巡業バレエ団「バレエ・リュス」のスターダンサーたちを教えた名教師です。
こちらからバレエ組曲「眠りの森の美女」よりアダージョを視聴できます。
《くるみ割り人形》年末恒例のバレエ
《くるみ割り人形》はロマン主義の作家ホフマンが原作で、物語の舞台はドイツです。
以下、あらすじを紹介します。
クリスマス・イブの夜、少女クララは名付け親のドロッセルマイヤーからくるみ割り人形をもらう。深夜に目を覚ますとクララの目の前でくるみ割り人形の軍隊とネズミの軍隊が戦いをはじめる。クララの助けでネズミの王は倒れ、くるみ割り人形は王子に変身する。クララは王子に連れられてお菓子の国を訪ねる。楽しい時を過ごすが、気づくと夢が覚めて、朝になっている。
プティパは台本と演出プランを作りますが、振付がはじまると急病になってしまい、弟子のレフ・イワーノフが振付を代行します。初演時《くるみ割り人形》の音楽の評価は高かったようですが、バレエとしてはさほど評価されなかったようです。
しかし、その後は様々な振付家によって改訂が続けられ、いまや12月になると世界中のバレエ団が上演する定番の作品となっています。
ここからバレエ組曲『くるみ割り人形』 作品71a 第2幕「花のワルツ」を視聴できます。
《白鳥の湖》チャイコフスキーの最初にして最後の作品
クラシック・バレエの代名詞といえばこの《白鳥の湖》ではないでしょうか。実はこの作品はチャイコフスキーがはじめて手掛けたバレエ曲です。しかし、1877年の初演時の振付はプティパではなく、作品も音楽もそれほど評価されませんでした。
3年後に再演されるもやはり評価されず、1893年にチャイコフスキーがコレラで急逝したのをきっかけにプティパが再発見し、弟子のイワーノフと共に振付をして追悼公演として復活を果たします。
以下、あらすじを紹介します。
中世ドイツ、王子ジークフリートは王妃から翌日の舞踏会で花嫁を選ぶよう命じられる。王子は湖畔へ白鳥狩りに出かけ、王女オデットと会う。オデットは悪魔ロットバルトに魔法をかけられており、昼は白鳥の姿に変身させられている。変身の呪いは愛の誓いで解けると知り、王子はオデットに愛を誓う。翌日の舞踏会、悪魔がオデットそっくりのオディールを連れて来て、王子は見誤ってオディールに愛を誓ってしまう。王子は湖畔へ行き、オデットに赦しをこうが、呪いは解けず、二人は湖に身を投げて心中する。
このあらすじを読んで「あれっ?」と思った方もいると思います。20世紀に入り、《白鳥の湖》はソ連の振付家ブルメイステル*により、悪魔が滅んでオデット姫が人間に戻るハッピーエンドに改訂されています。日本ではこちらの方が普及していますが、海外ではオデットとオディールを同じダンサーが一人二役で演じる悲劇的結末のプティパ=イワーノフ版も上演されています。
ダーレン・アレノフスキー監督による映画「ブラック・スワン」はプティパ=イワーノフ版の演出で、オデットとオディールの二つの人格を演じるダンサーの苦悩と狂気を描いているよ。
ここからバレエ組曲『白鳥の湖』より「情景」を視聴できます。
*2024年4月25日追記:海野敏著「バレエの世界史」にはブルメイステルがハッピーエンドの改訂を行ったと紹介されていましたが、その後の文献よりアレクサンドル・グルスキーが1920年に上演した《白鳥の湖》が最初のハッピーエンド版であることが分かりました。詳しくはコチラのブログから。
まとめ
長くなりましたが、19世紀後半のクラシック・バレエ編はこれでお終いです。
20世紀に入ると、以前ご紹介したモダン・バレエの流れがアメリカやドイツで生まれて、バレエの定義は非常に多様化していきます。
その中で次回から取り上げていくのはロシア生まれの「空前絶後の最強バレエ団」と呼ばれる「バレエ・リュス」です。
時代が現代に近づくほど登場人物も増えて来るので、少しお時間をいただきますが、わかりやすく情報を整理してお届けしますので、次回もお楽しみに!
最後までお読みいただき、有難うございます!
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