今回はロマン主義の影響を色濃く受けた、ロマンティック・バレエについて紹介します。
舞台技術の発展とバレエテクニックの飛躍
19世紀に入ると舞台美術も進化し、舞台はより幻想的で没入感のある空間へと発展します。バレエに影響を与えた舞台技術の変化を3つ紹介します。
ワイヤー
18世紀末、シャルル=ルイ・ディドロが女性ダンサーをワイヤーで吊り下げて、空中を浮遊するような演出を生みだします。そしてこの技術が、やがてワイヤーなしで爪先立ちで踊るポアント技法へと変化していきます。女性ダンサーは重力を感じさせずに浮遊しているように見せるため、踵をあげたまま踊る必要がありました。さらに、衣装も薄く軽い素材に変化し、女性の下半身を足首までふわりと覆うロマンティック・チュチュへと進化していきます。
緞帳幕(どんちょうまく)
19世紀に入ると幕を開閉する演出が登場します。それまでは休憩中も幕を下さないのが当たり前だったのが、緞帳幕を開閉することでセットやシーンの切り替えが可能になり、演劇的な効果が高くなりました。
ガス灯
19世紀までの舞台照明はなんとろうそくや灯油ランプ、鏡でした。ガス灯が舞台照明に導入されたことで、明るさの調整と安定した光量を得ることができるようになり、演劇的な効果を高めるための大きな役割を果たしました。
ワイヤーによる空中浮遊、緞帳幕によるセットチェンジ、ガス灯による幻想的な雰囲気。これらは異世界ものが大好きなロマン主義の演出にはピッタリじゃないかな。
ロマン主義と相性の良かったバレエ
この時代の観客は新興のブルジョワジーで、権威主義的で男性中心の神話世界の英雄譚よりも、ロマン主義的なテーマで、たくさんの女性ダンサーが薄い布地の衣装を着て軽やかに跳ね、アクロバティックに回転して踊る演目が中心となりました。
そのような環境で生まれたロマンティック・バレエには「恋愛・異世界・異国」の要素が必ずと言って良いほど登場し、19世紀後半にクラシック・バレエがロシアで発展してからも、この要素を含んだ作品が作り続けられます。
海野敏さんの著書「バレエの世界史」には、この3つのテーマが含まれたバレエ作品の一覧表があってとても面白かったよ。
ここで、バレエを見たことがないという人のために、ロマンティック・バレエの代表作、《ジゼル》のあらすじをご紹介します。
村娘ジゼルは、アルブレヒトという青年に恋をする。彼は貴族であり、婚約者もいたが、身分を偽って村に来ていた。一方、村の狩人ヒラリオンはジゼルに惹かれるが、ジゼルはアルブレヒトに心を奪われている。彼の正体が明らかになると、ジゼルは狂乱状態に陥り、母の腕の中で息絶える。ジゼルの死後、彼女はウィリと呼ばれる森の精霊の一員となる。ジゼルを失った悲しみと悔恨にくれるアルブレヒトは彼女の墓を訪れ、亡霊となったジゼルと再会する。ウィリの女王ミルタはアルブレヒトを捕らえ、力尽き死に至るまで踊らせようとするが、ジゼルが彼を守る。最後に朝が来てウィリたちは森へ戻り、アルブレヒトは助かる。
ちなみにジゼルに恋したヒラリオンも墓を訪れますが、彼はウィリに踊らされた挙句殺されます。
なんか今の感覚で読むとアルブレヒト、ひどくない?浮気がバレてジゼルが狂死にして、ジゼルが好きだった村の青年も死んで、死んだジゼルに助けてもらって自分だけ助かるという。
これは私見ですが、度重なる政変で不安な世界にあって誰かに「ここではないどこか」へ連れて行って欲しいという願いが反映されているのかもしれません。《ジゼル》には現実の貴族と理想の貴族への引き裂かれた憧憬も混じっている気がします。
ロマンティックバレエを支える文化人
ロマン派の作家として代表的な作家はゴーチェ、ハイネ、ホフマンの3名です。ゴーチェは後日紹介するグリジという女性ダンサーを熱愛して《ジゼル》を書き、そのゴーチェが影響を受けたのがドイツ生まれの詩人、ハインリッヒ・ハイネです。ホフマンはロマンティック・バレエが流行する前の作家ですが、彼の怪奇小説「砂男」はバレエ《コッペリア》に、童話「くるみ割り人形とねずみの王様」は《くるみ割り人形》の原作になりました。
音楽ではピアノが一般家庭にも普及しはじめ、「聴いて楽しむ」から「弾いて楽しむ」時代に変化します。曲も繊細な詩情を託したピアノ小品や連弾曲が人気になります。この時期を代表する作曲家には、シューベルト、シューマン、メンデルスゾーンなどがいます。
彼らはバレエ以外にオペラや演劇にも楽曲を提供しています。
まとめ
はい、今日はこれでおしまいです。
今回はロマンティック・バレエの興隆についてご紹介しました。ようやく、今も僕たちが観ることのできるバレエ作品が登場してきましたね。
次回はロマンティック・バレエを代表するダンサーとその代表作品を紹介していきます。
最後までお読みいただき、有難うございます!
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